まめしばミニチュアカーレポート
まめしば自動車研究所からのレポートです。画像をクリックすると拡大します。
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【無灯火自転車の撲滅】
 夜、犬の散歩へ出かけると、後の方からスーっとやって来た「無灯火」の自転車に接触されそうになります。暗闇の中から突然現れる自転車に、わたくしも愛犬も、本当に心臓が止まりそうなくらいビックリするんですよ。

 何かの特殊任務とかなんですかね、アレ。「存在を消す」かのように走る夜間の「無灯火」自転車...。でも、「存在を消す」のでは、自転車に搭載された「ライト」の意味や機能が「無意味」になってしまうことをご存知ですか。

 皆さんは多分お気づきでしょうが、原動機付自転車から大型バイクに至るまで、2輪車はエンジンと連動してライトがオンになります。アレ、昼間や夜に関わらず、オンになるんですよ。まぁ、「自主規制」でメーカーがやっていることらしいんですが、ナゼなのでしょう。また、わたくしは、コレには異論を唱えたいのですが(後ほど)、4輪車、即ち、自動車でも、最近、昼間から故意にライトをオンにして走っているのを見かけます。アレはナゼですか。

 人間は「理由」がないことをしないのが普通ですから、大抵、行動には「理由」が存在します。ライト、それは「暗闇を照らす」為の道具。では、明るい昼間にライトを照らすのには、もうひとつの「理由」が存在するはずです。

 さて、「無灯火」自転車の皆さん、ちょっと反対の立場になって考えてみてください。わたくしも、自転車に乗ることがありますから、あのダイナモ(発電機)のノイズと負担(こぐ時の重さ)は好きではありませんが、だからといって、夜間に「無灯火」で走ることがいかに危険か想像しましょう。例えば、あなたが自転車で走っている夜、あるお方が、この様に考えたとします。「今夜は月明かりもあって道は良く見えるし、バッテリーへ負担もかかるし、燃費も若干悪くなるから、ライトはつけなくていいや。それに、音で周りもわかるだろう」そして、そのお方は「無灯火」の自動車で夜の街を走ります。速度もゆっくり時速20キロ(自転車と同じくらい)。あなたが自転車で交差点を渡ろうとしたとき、脇からその車がヌっと鼻先を出した...。接触しなかったからよかったものの、あなたは、こう感じるはずです。「ライトをつけていてくれたら、こちらが気づいて対処できたのに」と。

 そうです、事故は「予防」が大切ですよね。確かに、これは「車」の例ですが、思い出してください、自転車も「車両」のはずです。それは、事故の際の「被害の大きさ」で差別すべきことではありません。お願いですから、「特殊任務」に従事していない皆さんは、夜間はライトをオンにして走行してください。

 これは余談になりますが、昼間ライトをオンにしている4輪車について1つ疑問に感じることがあります。

 互いにアピールし合う事で衝突の予防をすることは大切ですが、欧米の真似をする前に、日本ならではの特殊事情を見落としてはいませんか。それは、欧米と違い、「公道を時速30キロで走行する50ccの2輪車がたくさん走っていること」です。まぁ、正直に言って速度を守っている原動機付自転車は皆無と言っていいのでしょうけど、それでも、車体が小さくて、交差点で右折しようとすると対向車の陰から急に姿を現すなんてこともしばしば...。こういった「ミニバイク」にこそ昼間のライトオンが不可欠なのでしょうけど、4輪車が昼間ライトをオンにすることで、「ミニバイク」のライトによるアピールが半減してはいないでしょうか。欧米並みに2輪車が大きくて存在感に溢れていて、道路の真ん中を走っている状態ならまだしも、スピードに限界があって常にキープレフトしている「ミニバイク」の多い日本では「逆効果」の様な気がしませんか。


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【造られるもの、売られるもの、捨てられるもの】
 開発能力があるというのは「凄い」事なんですが、それにしても、いちいちボディーの形状が著しく変化するのはどうなんでしょうか。挙げ句、「部品は生産中止」とか言われると、悲しい物があります。「高い買い物」なんだから「長く乗りたい」じゃありませんか。

 大切に乗れば10年、20年は不具合もなく乗れる車が、「本当に環境に優しいイイ車」なのではないでしょうかね。もちろん、廃車の際に「リサイクル可能率が高い」という「環境性能」も大切です。でも、部品なんかも細かく「再生」して「再利用している」のでしょうか。想像できるんですけど、最新型の車に「リサイクルパーツ」って使ったりしてるのかなぁ。ボディ同様にフルモデルチェンジしちゃってるから無理だったりして。

 エンジンでも何でもリファインして、言い方が難しいけれど、「中古」の「新車」ってのがあったらいいですね。わかります、わかります、「儲からない」んでしょ。古いタイプの車引き取ったって、一文にもならないってか。だから、道端に放置されている自社の車をみつけても「知らん振り」を決め込んでいるのかー。ま、これは、ジュースとか家電業者も同じで、「貨幣と引き換えに、品物に関する責任も売り渡した」んでしょ。

 車を熟成、進化させるという目的をもちつつも、将来的に古くなった車でも「新品のパーツ」が適合するなんて時代が来れば、ゴミも少なくなるんじゃないかなぁ。同時に、メーカーは廃品回収システムを提案していかないとダメでしょ。「放置」するより「メリット」がある方法を考えないと!!エンジンの「環境性能」とか、樹を植えたりとかするよりも大切な事がたくさんあるんじゃないんですか。作れば作るほど、「ゴミが増える可能性を増加させている」という事に気づいて下さい。


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【車の存在意義とカーライフについて】
 「保守派」などと言われてしまいますが、わたくしは日本車がどんどん大きくなっていくことと、メリハリのない自動車デザインについて、ある種の危機感すら覚えております。

 大きい車は大きい車で存在価値はあると思いますし、決して闇雲に「5ナンバーサイズ」に拘っているわけではありませんが、現在の日本の車庫状況、道路状況に、果たして国産車総3ナンバー化がふさわしいかどうか、わたくしは疑問視しているのです。

 これまで、わたくしは「六連星だけは欧米でなく日本を見ている」と信じていたのですが、そこは「時代の風潮」でしょうか、ついにスバルまでもが大型化への波に飲み込まれてしまったのだとガッカリしてしまったのでした。また、RX-8に至っては、なぜに今ごろ、かつてサターンというメーカーがやっていた「クーペボディの観音開き前後ドア」を採用したのかについて、ある種の不信感を覚えてしまっています。便利なことは確かにいいことですが、そんなにオールマィティーの車を出してしまえば、それぞれの車が持つ「特徴」とか「存在意義」が薄れ、メリハリのない車種構成が生まれつつあるような気がするのです。確かに便利になることは素晴らしいことですし、「機能的であること」が車の最重要項目と言われればごもっともです。しかし、それにしても、最近の車には「機能美」が感じられなくなりませんでしたか。はっきり申し上げますが、美しくないのです。

 ここは、ヨーロッパでもアメリカでもありません。かつて、わたくし達の「足」とは、自分の足であり、籠であり、馬であり、欧米のような馬車ではなかったことを思い出すべきです。それを言ったら「バイク」こそがわたくし達に一番ふさわしい乗り物なのでしょうが、4輪で屋根がある方が便利ではあります。確かに、わたくし達日本人は、欧米の生活に憧れ、それを追い続けてきました。何十時間も旅をするわけでもなく、道端には「宿」というものがあるのに、キャンピング道具を満載した巨大な「トラック」や「ジープ」で遊牧民の真似事をしては環境破壊に貢献する姿は代表的な例です。

 さて、みなさん、今一度、自分達が日本人だということを思い出してみましょう。


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【がっかりするカーライフと羨ましいカーライフの狭間で 】
 最近、自分のライフスタイルを全く無視した「カーライフ」が蔓延しています。かつて「1点豪華主義」なんて言葉が流行ったんですが、もはやそれ以上の雰囲気があります。このサイトをご覧の方も、あちらこちらで見掛けはしませんか?

(1)BMW7シリーズの新車でロ○ャースに現れる夫婦。

 要するに、これは私共ビンボー人の「ひがみ」でありますが、もっとすごいのは...

(2)某¥100ショップで買い物をするポルシェカレラのオーナー。

 いいんでしょうか。上記2例は、ある意味に於いて「節約したからこそ勝ち得た車だ」ということになりましょうが、こんな目撃例もあります。

(3)吉○家の牛丼を食い逃げしたアリストのオーナー。

 これは、明らかに「犯罪」ですね。いくら何でも、ただ食いで節約もないもんです。


まだ、あります。


(4)駐車場代をけちり、毎夜路上に違法駐車するVWゴルフの新車...。

 先ず、駐車場を借りようじゃありませんか。わたくしたちだって、自分の所有地はなくとも、「賃貸」で毎月¥3,000~7,000程を納めて、その上で車を所有しております。どうしてもドイツ車に乗りたいという気持ちは尊重いたしますが、ドイツ車だからこそやってはいけないマナー違反もあるのではないでしょうか。

 では、その他、実際に見かけた、?なカーライフを報告いたします。


(5)今にも倒れそうなボロボロのアパート(長屋?)の草ボーボーの車庫(空き地?)に止められている最新型黒のセルシオ。

(6)車体が長すぎて車庫に入らず、ノーズを道路にほっぽり出しているクラウン。

(7)車庫は「自転車置き場」だから車は路上駐車...。

(8)後方より煽りまくるプリウス、しかも信号急発進。

(9)ボロボロのVIP(?)。

泥だらけで「駐車禁止」の札をいつまでもぶら下げている。

(10)頭にタオルを巻いて運転している、ローバー620SLiのオーナー...。

(11)ショッピングセンターの駐車場に停めず、奥さんの買い物が済むまで待ちつつ、すぐ脇の塀に小便をたれながら屁をこくメルセデスベンツCクラスのオーナー。

 先ずは「無理をしない」ことではないでしょうか。「無理」というのは、その人が必死に隠していても、周囲には結構明確に伝わっちゃうものなんです。たとえ、どのような車に乗っていても、その車の状態から、あるいは服装から、そして走り方からも、さり気なーく、その人の人生が、すなわち、「どのように生きてきたか」、また、「どのように生きているのか」が、情報として周囲に発信されているのです。ですから、「車」それ自体が「ステイタス」ではないということです。車が、どのような車庫に停められているかについても同じ事が考えられます。「ミスマッチ」な状況のことなのですが、例えば、ものすごく荒れた長屋の庭先にフェラーリが停まっていても、逆に、立派な豪邸の車庫に4ナンバーのミラが停まっていても、「不釣合い」だと思うのです。 また、その車の状態、即ち傷やメンテの様子からも、オーナーのライフスタイルとのギャップが感じられたとき、周囲はきっと、ものすごく失望してしまいます。まるでステテコ姿でヴィトンのバッグを持ち歩くような感じとでも申しましょうか。どちらか「価値」の高い方が引き立つのは確かです。

 まぁ、本人が良ければいいのでしょうけど、せっかくだったら「トータルコーデネイト」ってのを目指してみませんか(笑) 

 「走り方」も肝心です。たまに、4ナンバーの白い軽自動車が前の車を煽っている姿を目にしますが、非常に滑稽ではありませんか。そういう車に限って、「追い越し禁止」の道路で次々と前の車をパスし、その先の信号に捕まって、何のために危険を冒したのか「無意味」な状況に陥るものです。また、右折しようと交差点で待っていると、対向車線は渋滞だというのに、無理やり交差点に入り道を塞いでしまうメルセデスなども悲しい。いまひとつ「余裕」に欠けていますよね。

 このように「ライフスタイル釣り合わないカーライフ」というのはいかがなものでしょう。

 この問題を更に広げていくと、不思議なことがたくさん見つかります。それは「カーライフについての国民性」のことなのですが、何だか、無理やり「欧米化」したカーライフを好む日本人が増えてきたような気がします。道路が何十年も改善されていない(道路を作る技術は進歩しましたが、「デザイン」という意味において)状況の下、車ばかりが「巨大化」しているのです。


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【自動車を取り囲む環境を考える】
(1)道路はこれでいいのか!?

 日本の道路って本当にこれでいいんでしょうか。所々、狭くなったり広くなったり、次から次に信号に捕まったり、3月になれば必ず「工事中」になったりと...。電信柱も街の景観を損ねていませんか。というより、大地震がきても大丈夫なんでしょうか。

 大地震といえば、道端の自動販売機も心配です。小学生の通学途中に地震でも起きたら...。これだけ多くの自動車を生産し走らせている国なのに、何だかお粗末な状況ですね。私のような「ど素人」でも、交通事故を減らす為にも、環境問題を解決するためにも、日本の道路環境を、もう少し整備すべきだと考えています。

 先ずは、やたらと信号を乱立すべきではないでしょう。交差点の仕組みをより合理的に考え、歩行者には「地下道」を提供すべきではないでしょうか。交差点には、イギリスの「ラウンドアバウト」を導入たり、高架線を合理的に配置したりして、できる限り「スムーズな車の流れ」を実現しなければなりません。ここでは、歩行者と自動車の接触を減らすことと、渋滞を緩和することが鍵となります。それは事故を減らし、無駄なアイドリング排気ガスを減らすことにつながることであると考えます。


(2)歩行者や自転車の忌々しき状況。

 自転車といえばオランダ。(中国の自転車マナーは論外です。)オランダでは、自転車に乗るための講習会や免許制度があると聞きました。やはり「車両」としての自転車との接し方が徹底しています。イギリスなどでも自転車に対する交通法規の徹底が図られています。

 しかし、日本では、自転車の「無謀運転」が完全に許されていますね。2人乗り、逆走(車線無視)、過積載、蛇行運転、無灯火、歩道・横断歩道上の走行、一時停止不履行など、危険な場面がたくさん見受けられるのに、厳しく罰せられないのです。これが自転車と自動車の接触事故の大きな原因だともいえます。


(3)「自動車省」なるもので統括できないか?

 道路、税制、交通法規...、担当部署がバラバラで、何だか責任箇所もボンヤリとしてしまう。そろそろ、派閥争いや責任の押し付け合いをお開きにして、日本の将来を考えつつ、真剣に「自動車社会」を研究し、改革していきませんか。


(4)なーにが、リサイクル法だぁっ!

 物を大切にすることはいいことです。むかしは当たり前の価値観でしたね。古くなったものを再利用する。これも素晴らしい価値観です。しかし、「リサイクル法」が施行されて以来、わたくしの田舎の空き地には、テレビやら冷蔵庫やら、まだまだ使えそうなものさえ、そっと捨てられていく様になりました。状況は悪化するばかりです。

 実は、同じようなことが、車の世界でも長年続いてきましたね。解体屋さんは、車を引き取ってくれる際に¥1万~¥2万程の「引き取り料」を請求します。ですから、山の中や海辺、川縁には放置自動車が多かったんですよね。ほとんどの消費者が「金を払った上、物まで取られるのではリーズナブルではない」と感じていて、その中の数%の「悪質な人たち」がそのような忌々しき状況を起こしてきたわけです。

 わたくしは決して不法投棄を擁護しているわけではありませんが、「お上」はもう少し廃品回収システムを確実なものに変える義務があると思いますよ。あるいは、メーカーが自社製品の行く末まで責任を持つことが大切だとも考えます。メーカーの皆さんは、自社製品の廃品が道端に放置されていて、見て見ぬ振りを決め込んでいるのでしょうか。良心は痛みませんか。進んで回収する気にはならないのでしょうか。もちろん、不法投棄される前に、何かしらの対策を練るべきで、まぁ、現在の「新車価格に不要時の引き取り代を含める」というやり方もアリなのでしょうが、本当に「自社製品」をリサイクルする気持ちを持って、もっと柔軟に対応して欲しいものです。

 欧州の国々では、廃品回収をすると商店街で使える「クーポン券」と交換できると聞きました。(日本の自治体でも行っているところはあるようです。)廃品を持ち込むことによって、何かのメリットが得られれば、ゴミは減らせるのではないでしょうか。まぁ、多分、最近、出される「新法」のアイディアは、「経済効果」のみを狙ったものなのでしょうけど...。古いものを大事にしてると損をする仕組みが出来上がってきている一方で、新製品を購入するためには「引き取り料」を支払うというデメリット...。まぁ、不法投棄ゴミは増えても、「経済効果」はあったんじゃぁありませんか(笑)。「お上」の皆さん、誤魔化さず、「目的がはっきりとした法律」の制定を願いしますね。


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【街を造るということ】
その1「地下スペースの有効利用」

 地上にはあらゆる物がごった返してます。もはや「整理」が出来ないほど...。これを、普通の建物の状況に置き換えて考えてみれば、「収納」を増やしてやるしか方法はありませんよね。あとは、「どこ」にそれを設置するかなんです。1階にまだ余裕があるならそこに。なければ2階を増築しますか。いや、待てよ、「地下」もありますよね。

 ここで、道路に目を移してじっくりと考えてみるわけです。夏の夕方、ちょっとだけ涼しい風に吹かれながら青空に浮かぶ真っ白な雲達を眺める。と、ちょっと目障りな物に気づくのです。そこには、何の計画性もなく次から次へと継ぎ足された電柱と電線...。あれ、どうにかなりませんか。どうしても「地上」になければならないものですか。台風のときには、たまにですが、切れた電線が地上に垂れ下がり、あわや「感電」の恐怖におののき、地震が起きれば「倒れはしまいか」とハラハラする。「危険」ですよね。少し欧州の様に、「地下」を利用するわけにはいかないんでしょうか。

 「地下」と言えば、もっと気になるのが、ガスだの水道だので、定期的にほじくり返しては埋めるあの工事。「地下道」さえあれば要らない、歩行者用信号、踏み切り。確かに、最初の費用と手間は大変なものがあるのでしょうけど、「長い目」で見れば「地下の有効利用」における「メリット」って結構ありませんか。東京都にあれほどの「地下都市」を作った日本の技術があれば可能なのではないでしょうか。「少しずつ」でいいから「整理」しましょうよ。ドイツのある街には「地下」を使った「運搬システム」があるそうです。これは地上の渋滞緩和に役立っているようですよ。街の「景観」も良くなりますよね。日本も少しでも豊かになってきたのであれば、そろそろ街造りのコンセプトも「豊か」なものにしていきませんか。

 先ず、地下トンネル式の「点検ホール」を設置します。これは「上下水」システムともリンクしていいでしょう。そこに、ガス、電気、電信などの配線を通して、厳重な警備の下に置きます。こうすれば、「渋滞を招く工事」を減らすことが出来、地上の「景観」や「安全性」も少しよくなります。次に「歩道橋」や「歩行者用信号」、「踏み切り」を出来るだけ廃止し、「地下道」を設置します。信号が少なくなる分、人や車、電車の行き来がスムーズになり、互いの「接触する可能性」も減りますから、「渋滞緩和」や「事故防止」に貢献するでしょう。


 少しでも「合理化」を考えれば、「地下の有効利用」は最高の材料です。例えば、「渋滞緩和」は、更に「環境」への配慮にもつながるでしょう。どんなに「環境性能」が上がった車に乗っていても、「アイドリング」が多くては意味がないし、「アイドリングストップ」をしてもエンジンをかけるときや、走り始めの環境や車自体への悪影響を考えれば、「スムーズな道路環境」の方が「理」にかなっていると思いませんか。電気自動車が主流になっても、この考えは当てはまりますよ。「停まる」ことが多いと「最もエネルギーを消費する走り始め」の回数も増えますから。


 そろそろ、「道路の性能」も上げなければなりませんね。


その2「道路の環境」

 これも、欧州並にとは言いませんから、もう少し「合理的」に企画して欲しいですね。電柱のでっぱりによって道路が「狭くなっている」ことは上の「その1」で解決しました。では次に、「歩道の安全性」に目を向けて見ますと、一番気になるのが自転車と歩行者の接触です。

 ラインや縁石で「自転車専用道路」を仕切っている所もありますが、実際にはあまり機能していません。ここは「段差」を設けて、歩道と車道の間に「自転車道」を設定すべきです。もちろん、「車両」として「左側通行」です。「自転車道」は、車道との区別と安全性の為、車道より一段上がったものとし、歩道との間には柵を設けます。歩道を移動する際には、自転車から降りて手で押さなければなりません。まぁ、現行法でもそうなってるはずなんですが、歩道と「自転車道」との差が曖昧だから取り締まれないのでしょう。本来、「車両」として、もう少し厳しく取り締まってもいいはずなのです。

 次に設定したいのが「ゴミ箱」ですね。「ゴミを捨てるな」「ポイ捨て禁止」という札をよく見かけますが、あんまり役に立っていないようです。こうなったら、過保護でも、一定の間隔で「ゴミ箱」を設置するしかないのです。お上の皆さん、どうせ、放置されたゴミを回収するのだったら同じ手間でしょう。プライオリティーは「街を綺麗にする」事なのだから、先ずは「分別させる」事を目標に頑張ってみませんか。

 そして、仕上げは歩道脇の「自動販売機の撤去」でしょう。先日起きた東北地震では道端でたくさんの販売機が倒れていました。アレ、幼稚園児や小学生はひとたまりもありませんよ。これは、設置場所をキチンと精選して「許可制」にすべきですね。本当に「危険」です。


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