まめしばミニチュアカーレポート
まめしば自動車研究所からのレポートです。画像をクリックすると拡大します。
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フェアレディZの歴史
ichiko Znet

フェアレディへの道程

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DATCAR plastic Furuta china

橋本増次郎が1911年に東京に「改進自働車工場」を設立(「働」は間違いではなく、「自動車」とは言っていなかったのです)、その出資者となった3人、田健次郎、青山禄郎、竹内明太郎の名字の頭文字をとって付けた「DAT」号が博覧会に出品されたのが大正3年です。大正15年、「ダット自動車製造社」となったとき、『DATの息子』という意味のDAT・SONから、「損に聞こえるのは良くない」として、太陽が昇るイメージを持たせながら「SUN」に変更したのが「ダットサン」の始まりです。これは、ちょうど、スポンサーの娘の名前を車につけたことから、いまだに「メルセデス」として世界的に有名なダイムラー・ベンツ(現ダイムラー・クライスラー)社と同じ手法とも言えます。


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DATSUN no.1 die-cast tomy japan 1:49

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DATSUN sports die-cast china

1936年登場のダットサン・セダンDA型にオープンボディを載せ1952年に発売されたダットサン・スポーツ(DC3)の流れを汲むダットサン・フェアレディがアメリカで発売されたのが1960年10月。初めて「フェアレディ」を名乗ったSP211Lは海外専用モデルで「L」が左(left)を意味するように左ハンドル仕様(つまり輸出専用)しかなく、そのベースとなった2代目ダットサンスポーツS211(右ハンドル・国内専用)は何とFRPボディをまとっており、わずか20台ほどの販売で生産が終了しています(その型式名からも想像できる様にダットサンP210のコンポーネンツを流用したもので、この手法は次代のSP310でも用いられました)。

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DATSUN SPORTS die-cast realx china 1:72

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FAIRLADY1200 die-cast realx china 1:72

初代フェアレディは、ダットサン1000のシャシーに載せていたS211のFRPボディをスチール化したものでした。

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Bluebird 310 plastic Furuta china

2年後日本でも1.5リッター、80馬力の3代目フェアレディ(SP310)がリリースされました。67年にはエンジンを145馬力を発生する2リッターにアップ、そして、安全性への配慮からクローズドボディを纏ったS30へと続きます。このSP310というナンバーも初代ブルーバード(P310)と共通です。ちなみに、それまで型式しかつかなかった国内のダットサンに初めて呼び名がついたのがブルーバードといわれていますが、フェアレディという名は、これに先駆けて国外モデルSP211Lにつけられたことになり、やはり米国自動車ブランドの車名を付ける習慣からの影響は否めません。こうして見るとフェアレディのブルーバードとの深い関わりは、その誕生から始まっていたと言えるでしょう。

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FAIRLADY1500(日本第1回GP優勝車) die-cast realx china 1:72

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FAIRLADY2000 die-cast realx china 1:72

ついでですが、1965年登場の初代シルビアの型式名もCSP311で、これは1500ccから100ccアップしたSP311のクーペバージョンという背景があるからです。「S」が「スポーツ」、「C」は「クーペ」でしょうか。とすると、クローズドボディのフェアレディへの布石はS30登場以前に行なわれていたことになります。ちなみに、この初代シルビアのデザインはBMW507のドイツ人デザイナー、アルブレヒト・ゲルツから助言を受けており、現在見ても秀悦な美貌を誇っています。

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silvia die-cast KONAMI china 1:64

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BMW507 die-cast new ray china 1:43


究極の貴婦人

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Z S30 die-cast DyDo china 1:64

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Z S30 die-cast tomy japan 1:45

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Z S30 die-cast Mettel malaysia

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S30 die-cast delprado china 1:43

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Z S30(モンテカルロ・ラリー仕様) die-cast BOURBON china 1:72

このS30には2つのエンジンが用意されていて、L20型という130馬力を発生するやや大人し目のSOHCエンジンを搭載するノーマルとタイプとZ432と呼ばれる4バルブ、3キャブ、2カムを奢ったS20型DOHCエンジン搭載車がそれです。Z432は160馬力を誇り、ゼロヨンタイムは15.8秒、最高速度は210km/hに達しました(ちなみに、日産ではS30Zのリリース後もSR311を併売していました)。

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Z S30 die-cast tomy japan 1:60

また、同時期にアメリカで好評を得ていたL24ユニットを搭載した240Zも71年から日本でも販売されて、このモデルに特徴的なグランド・ノーズもZカーを語るのに欠かせないモデルとなりました。

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Z S30 die-cast tomy japan 1:60

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Z S30 die-cast tomy china 1:60

そして後部座席を設けて、若干ルーフを延長した2by2は74年に追加されて、他のモデルと共に1975年まで生産されます。

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Z S31 2by2 die-cast realx china 1:72

さて、このS30Zに搭載された2種類のエンジンL型とS型ですが、GTRに搭載されたS20(2リッターDOHC)搭載車、いわゆるZ432は、鈴鹿300kmで本家GTRを引き離すポテンシャルを誇っていたものの、後に北米バージョンとして投入されたL24(2.4リッターSOHC)搭載車、240Zの速さには及びませんでした。最も高効率なパワーアップ=排気量増加という時代にあっては、基本メカニズムの応用範囲が広く壊れにくかったL型に分があったのでしょう。セドリックやグロリアに搭載されたL20を応用して1.3リッターから2.8リッターディーゼルまでカバーしていたL型エンジンの中でも510ブルーバードに搭載されたL16と、そのエンジンのボア&ストロークのまま気筒数を4から6に増やしただけのL24は日産のモータースポーツでの活躍に欠かせない心臓でした。実は、240Zがモータースポーツの世界で早々頭角を現すのも、それまで既に活躍していた510ブルーバードのレーシングパーツがそのまま流用できたという背景があるのです。

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Z S30(鈴鹿300km仕様) die-cast realx china 1:72

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Bluebird 510 die-cast tomy china 1:60

Zカーと言えば、その開発の中心人物でもあったミスターKとしても全米のZ愛好家達の神様的存在、片山豊氏を忘れることはできません。1909年生まれの片山さんは、1960年から77年まで米国日産に勤め、65年からは同社の社長としてもダットサンの地位を確固たるものにしてきました。ところで、このアルファベットの最後の文字として「究極」「頂点」をも意味する「Z」の名の由来は、片山氏が北米への出張の際、兄から手渡された「Z旗」ということはよく知られています。また、片山氏がデザイン担当の松尾良彦氏に送ったのも、この「Z旗」でした。この「Z旗」は日露戦争中、海軍が決死の覚悟で勝利を収めた際に掲げた旗でした。

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片山豊氏

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Z旗

その発音からドイツ車と間違われることもしばしば、実際ダットサン210や310(初代ブルーバード)の評判も悪かったのですが、小さな販売店での委託販売で始まったダットサンの歴史は510ブルーバードのヒットで一気に盛り上がりを見せました。1965年には、この510が国産車では初めて、全米輸入車販売台数第5位にランクインを果たします。ちなみに、510ブルーバードは410で不評だったピリンファリーナの丸みを帯びたデザインから「スーパーソニックライン」という直線基調のデザインで大ブレイクし、その売れ様は本来「スーパー・スポーツ・セダン」というSSSを「スマート・セーフティ・セル」と読んだほどです。

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Bluebird 510 plastic china

さらにZカーの登場は、ダットサンの地位を揺るぎないものにし、月産6000台のセールスを記録します。このZカー人気は衰えを知らず、現在でも米国には40を越えるZ愛好会ガ存在します。更に米国日産は、古い240Zを徹底解体、内燃機関から外内装まで完全にリビルドした「ヴィンテージZカー」を2万5千ドルで月に10台程度販売しています。

スカイラインとの差別化の問題

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130 die-cast tomy china 1:61

2代目Z(S130)への進化は、外見を見て分かる通り、初代Zをグリルレスにした様なキープコンセプト、正統進化ということがはっきりしています。私の記憶に残っているZイメージはやはりドラマ『西部警察』「でスーパーZ」として登場する、このS130の姿なのです。

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西部警察 plastic GEORGIA china

パッと見た感じは240ZGの進化版?といった感じで違和感はあまりありませんでしたが、3代目のZ31からはメカニズム的にも一新されていくことになります。

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Z31 die-cast tomy japan 1:43

Z、あるいはフェアレディ史上最初で最後のリトラクタブル・ヘッドランプの採用やV6エンジンの搭載などが顕著な変化ですが、エンジンについては日本専用モデルとしてRB20DET(直6ターボ)を搭載したZRが途中で加わっていることも忘れてはならないでしょう。

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Z31 die-cast tomy japan 1:43

しかし、その後はスカイラインには直6、ZにはV6という差別化が図られ、惜しくもZはスカイラインの影の存在としてZ32を最後に2000年に一旦消滅します。

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Z32 die-cast kyosho china 1:100

その後、2年の沈黙を破って、ルノーのカルロス・ゴーン社長の指揮で新生日産の象徴としてZ33がデビュー。世界が総V型エンジン化する流れの中で、スカイラインすらV6搭載のみとなってしまうのには何か運命のようなものも感じ得ません。

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Z33 die-cast kyosho china 1:100

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Z33 R34 plastic takara china 1:64

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Z33 R34 plastic takara china 1:64

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